気の強いみの[#「みの」に傍点]には似合はず、落着いて分別しきつた態度だつた。
 おばあ様と、節ちやんと私とはリヤカーにつきそふて家へ向つた。
 ガタ/\する砂利道では、傷に響くのを恐れて、二人で持ち上げてやつたりした。
 いろんな思ひ出をもつたあの青ペンキの「美濃の家」の前へ下ろされてからのみのは、やつと居心地がよくなつた様に、何度も目を細めて私を見たり皆を見たりした。
 直ぐ遠藤さん(獣医さん)へ電話をかけたが、生憎お留守だとのこと。正源寺の小父さんは目白の方に獣医さんがありますからと、自転車で方々かけ廻つて下さつた。
 みの[#「みの」に傍点]はいかにも苦しさうで、水を欲しがつてゐる様子は誰にもわかる。
 やりたいのは山々だが、せめて獣医さんが来る迄と、水の皿をとりよせようとして止めたこと幾度か……それも、もしかして助かるかもしれない、といふかすかな望みをすて切れない未れんからであつた。誰もが、
「あゝ、もうこれは駄目ですね。助かりませんね」と云つた。
 私も本当は心の中では駄目だなあ、とても助かりつこないなあ、と思つてゐた。
 けれどやつぱりどこかで、助かるかもしれない、なほるかもしれない、と思ふ気持を諦めきれないのだつた。
 みの[#「みの」に傍点]はかつてない程、静かに落着いてゐた。苦しさうではあつたが、その眼は血走るどころか、不思議なほどに美しくすみきつて、どこかしらぬ遠い空の向ふをみつめてゐた。
 私はみの[#「みの」に傍点]の視線を追つて空を見上げた。青くすんだ秋の空に、赤トンボがいくつも/\スイ/\ととんでゐた。
 私はもう直ぐ別れなければならぬであらう、可愛い/\ミーコと一しよにその空をきれいだなあ……と思つてみた。

 みの[#「みの」に傍点]を轢いた自動車の運転手さんがあやまりに来た。そして御主人にお詫びしなければならないのだが、急ぐ荷物をのせてゐるから帰してくれと云つた。
「あやまちは仕方がありません。あなたも御運が悪かつたのです。どうぞ御心配なくお引とり下さつて結構ですから」とおばあ様も、お母様もさう慰めておやりになつた。
 私もちつとも運転手さんをにくむ気持はおこらなかつた。只……只、一度だけ、その為に死んで行く「ミーコ」に頭を下げてもらひたかつた。
 それはあの人達、後悔してあやまつてゐるあの人達に対する辱かしめではあるかも知れない
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