病院に送られたる事を報道し得るのみ。因《ちなみ》に謂《い》ふヰルブルク町の木造人道の塵芥を掃除する奉公人は何故に往来人の靴を汚染する事を省みざるや。外国の例の如く塵芥は一所に堆積する如く掃き寄するに何の困難もなきにあらずや。」
 己は呆《あきれ》てプロホルの顔を見て云つた。「これは何の事でせう。」
「なにが。」
「どうも※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]に呑まれたイワンに同情せずに、却て呑んだ※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]に同情してゐるぢやありませんか。」
「それが不思議ですか。動物にまで同情するのです。理性のない動物にまで同情するのです。これでは西欧諸国にも負けてゐませんね。あつちもそんな風ですから。へゝゝゝ。」変物《かはりもの》の老人はかう云つた切り、取り扱つてゐる書類の方に目を向けて、跡は無言でゐた。
 己は二枚の新聞をポツケツトに捻ぢ込んで序にペエテルブルク新報やヲロスの外の日のをも集めて持つて、この日にはいつもより早く役所を出た。まだ約束の時刻までには、大ぶ時間があるが、己は急いで新道に往つて、せめて遠方からなり
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