たが、しまひに和睦の印とでも云ふわけか、己の耳を指で撮《つま》んで引つ張つた。
 己は妻君の機嫌の直つたのを見てきのふイワンの話した将来の計画を委《くは》しく話し出した。立派な夜会を開いて、すぐつた客を招くと云ふ計画は細君の耳にも頗る快く聞き取られた。
 細君は熱心に云つた。「さうなりますと、着物がいろ/\入りますわね。あなたさう云つて下さいな。さうするには是非成るたけお金をたんとよこさなくては駄目だと、さう云つて下さいな。それは好いが。」妻君は物案じをする様子で語調を緩《ゆる》めた。「それは好いが、あのブリツキの入物を座敷に持ち込むには、どうしたものでせうね。少し変ですわ。わたしの夫をあんな箱なんぞへ入れて座敷へ持ち込まれるのは厭ですわ。お客に対して間が悪いではありませんか。どう思つて見ても、それは駄目ですわ。」
「それはさうと、僕は忘れてゐた事があります。きのふチモフエイさんはあなたの所へ来やしませんか。」
「えゝえゝ。参りましたの。わたしを慰めてくれるのだと云つて、参りましたの。そして長い間トランプをして帰りましたわ。あの方が負けるとボン/\入をくれますの。わたしが負けると手にキ
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