くてはならないのでせうか。一体夫と云ふものは内にゐる筈のものではないでせうか。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹の中なんぞに澄ましてゐて好いでせうか。」
 この詞は己にはなんだか人が言つて聞かせたのを受売をしてゐるやうに聞えた。そこで己は少し激して云つた。「そんな事を仰やつても、※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]に呑まれたのは予期すべからざる偶然の出来事ではありませんか。」
 己が反対しさうになつたのを見て、細君も腹立たしげに己の詞を遮るやうに饒舌《しやべ》り出した。「あら、さうぢやなくつてよ。どうぞ黙つてゐて下さい。わたしそんな事は聞きたくないのですからね。ほんとにあなたのやうな方もないものです。いつでもわたしに反対ばかりなさるのね。あなたのやうに相談相手にならない方つてありませんわ。わたしに好い智慧を貸して下すつた事はないぢやありませんか。まるで縁のない人でも、かう云ふ場合には離婚の理由が十分成り立つものだと云つて聞かせましたわ。宅が月給を取らないだけでも十分の理由になるさうぢやありませんか。」
 己は殆ど荘重な語気で
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