四つ」、第3水準1−94−55]を持つてゐて、人に見せる事の出来る人間なら、大佐位にしたつて好いです。このロシアに一人でも生きた官吏を腹に入れてゐる※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]を持つてゐて、人に見せる事の出来るものがありますか。わたし位智慧があれば、大佐になるには十分です。」
己は体が震ふほど腹が立つたので、「イワン君、さやうなら」と言ひ放つて、見せ物場を駆け出した。己は殆ど我慢がし切れなくなつてゐた。ドイツ人もドイツ人だが、イワンもイワンである。二人とも途方もない夢を見てゐるではないか。それを考へると、どうも我慢がし切れないのである。
見せ物場の外へ出て、冷たい夕暮の空気に触れたので、己の腹の立つのが少し直つた。己は唾《つばき》を一つして、荒々しい声で辻馬車を呼んで、それに飛び乗つて内へ帰つた。そして直ぐに着物を脱いで床に這入つた。
横になつてからつく/″\考へて見ると、イワンが己を書記に使ふと言つた時、己はそれに反対しなかつた。さうして見ると、もう書記になる事を承諾したも同じ事である。これから先毎晩あの見せ物小屋へ出掛けて行つて、あいつの饒
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