をしながら、おとなしく話した。エレナを留守宅まで連れて行つて、そこで別れたと云つたのである。
 併し皆まで聞かずに、イワンは苛々した調子で己の詞を遮つた。「あいつの事も考へてゐるて。こつちがこゝで名高くなれば、あいつも内で名高くなつてくれなくてはならん。午前《ひるまへ》に妻はこゝへ来てこつちの話を聞く。それから晩にサロンへ客を呼び迎へる。あらゆる科学者、詩人、哲学者、動物学者が集まつて来る。内国のも外国のも来る。あらゆる政治家も来る。そして午前に聞いた事を、妻が話すのだ。来週からは毎晩サロンを開いて客を迎へるが好い。いづれ入費は掛かるだらうが、俸給が倍になれば、その位な事は出来よう。さう云ふ席では茶を飲ませさへすれば好いから、茶の代と執事を雇ふ代とさへあれば好い。別に費用問題に面倒はいらん。さうなればこゝでも留守宅でも、人はこつちの事しか言はない。どうもこれまで何かの機会があつたら、人がこつちの噂をするやうにしようと思つたが、その望が叶はなかつた。詰まり下級官吏の位置と資格とに縛せられてゐたのだ。どうも不思議だよ。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]奴が気ま
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