と云ふ考をも起した。さう云ふ考はあの※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]と云ふ動物が化物じみた動物だから、一層起り易いのである。

     三

 併しそれが夢ではなくて、争ふべからざる事実である。さうでなかつたら、己だつてこんな事をしないだらう。兎に角その後を話すとしよう。
 新道に行き着いたのは、もう大ぶ遅かつた。彼此九時頃であつただらう。持主がもう見せ物をしまつてゐたので、己はやつと裏口から小屋に這入つた。持主は古い、汚れた上着を着てゐるが、世の中にも満足し、自分にも満足してゐるらしい様子で、小屋の部屋々々を歩き廻つてゐた。なんの心配も無いと云ふ事、夕方にも見物が大勢這入つたと云ふ事が一目この男の態度を見れば、察せられる。例のおつ母さんと云ふ女は、余程後になつてから現はれて来た。その様子が己を監視する為めに出たやうに見えた。夫婦は度々鉢合せをするやうにして囁き合つてゐる。もう見せ物はしまつてゐたのに、己には定めの二十五コペエケンを払はせた。一体物事を余り極端に厳重にすると云ふものは厭なものだ。
「どうぞこれからもお出なさる度に間違ひのないやうに御勘定
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