んな事を言つて入らつしやるやうですが、その事もイワン君は言つてゐました。イワン君は僕にも来ないかと云ひました。無論あなたの方は義務で行かなくてはならないのですが、僕が行けば、好意で行くのです。イワン君はさう云つたんですよ。※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の体は非常に伸縮自在だから、二人には限らない、三人でもゐられると云つたのです。それはあなたと僕とを引き取る事も出来ると云ふ意味でせう。」
妻君は呆れた様子で、妙な目をして己の顔を見た。「三人一しよに這入つてゐるのですつて。まあ、どんな工合でせう。あの、宅とわたしとあなたと三人ですね。おほゝゝ。まあ、宅も宅だが、あなたもとぼけて入らつしやる事ね。おほゝゝ。さうなれば、わたしのべつにあなたをつねつてゐてよ。ようございますか。おほゝゝ。」余程|可笑《をか》しいと見えて、細君は体を前へ乗り出して笑つてゐたが、とう/\目から涙が出た。
その細君の笑つて涙を飜《こぼ》す様子が如何にも可哀らしかつたので、己は我慢が出来なくなつて、細君の小さい手を握つて、手の甲に接吻した。
細君は別に厭がる様子もなく、接吻させてゐたが、しまひに和睦の印とでも云ふわけか、己の耳を指で撮《つま》んで引つ張つた。
己は妻君の機嫌の直つたのを見てきのふイワンの話した将来の計画を委《くは》しく話し出した。立派な夜会を開いて、すぐつた客を招くと云ふ計画は細君の耳にも頗る快く聞き取られた。
細君は熱心に云つた。「さうなりますと、着物がいろ/\入りますわね。あなたさう云つて下さいな。さうするには是非成るたけお金をたんとよこさなくては駄目だと、さう云つて下さいな。それは好いが。」妻君は物案じをする様子で語調を緩《ゆる》めた。「それは好いが、あのブリツキの入物を座敷に持ち込むには、どうしたものでせうね。少し変ですわ。わたしの夫をあんな箱なんぞへ入れて座敷へ持ち込まれるのは厭ですわ。お客に対して間が悪いではありませんか。どう思つて見ても、それは駄目ですわ。」
「それはさうと、僕は忘れてゐた事があります。きのふチモフエイさんはあなたの所へ来やしませんか。」
「えゝえゝ。参りましたの。わたしを慰めてくれるのだと云つて、参りましたの。そして長い間トランプをして帰りましたわ。あの方が負けるとボン/\入をくれますの。わたしが負けると手にキ
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