ゐる。それが※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の全体だと云つても好いのだ。そこでその二つの部分の中間には、大なる空隙がある。それが硬ゴムに類した物質で包まれてゐるのだ。事に依つたら実際硬ゴムから成り立つてゐるかも知れんよ。」
己は殆ど自分を侮辱せられたやうに感じて、イワンの詞を遮つた。「併し君、肋《あばら》はあるだらう。胃だの腸だの肝臓だの心臓だのもあるだらう。」
「そんな物はこゝにはない。絶無だ。察するに昔からそんな物がこゝにあつた事はないだらう。そんな物があるやうに言つたのは、軽卒な旅人《りよじん》が漫《みだり》に空想を弄《もてあそ》んで、無中に有を生じたのだらう。丁度ゴムで拵へた枕をふくらますやうに、僕は今この※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]をふくらます事が出来るのだ。この※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の腹の中は実に想像の出来ないほど伸縮自在だからね。君に好意があつて、僕の無聊を慰めてくれようと思ふなら、直ぐにこゝへ這入つて貰ふだけの場所は楽にあるのだよ。実は万止むを得ない場合には、内のエレナにこゝへ来て貰はうかとも考へて見たよ。兎に角※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の内部がこんな風に空虚になつてゐると云ふ事は、学問上の記載に一致してゐるやうだ。まあ、仮に君でも頼まれて、新に※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]と云ふものを製造しなくてはならないと云ふ場合を考へて見給へ。その時第一に起る問題は※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の生活の目的はなんであるかと云ふ問題だらう。そこでその答は明白だ。人間を呑むのが目的である。さうして見ると※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]が自己の性命に危険を及ぼさずに、人間を呑む事が出来るやうに拵へなくてはならない。それには※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]の内部をどうしたら好いかと云ふ事になる。その答は前の答より一層容易だね。即ち内部を空虚にすれば好いのだ。ところが君も御承知の通り自然は空虚と云ふものの存在を許さない。それは理学が証明してゐる。そこで※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第
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