おぢいさんは左へ一遍と右へ一遍と辞儀をする。左でも右でも器械的に辞儀の真似をする。そしてペピイとクリストフとはいつもおぢいさんと小さい娘との後影が木立の向うに隠れるのを見送る。
 どうかするとペエテルの腰を掛けてゐた跡に、娘の手から飜《こぼ》れ落ちた草花が二三本落ちてゐることがある。そんな時は痩せたクリストフがゴチツク形の指をおそる/\差し伸べて拾つて、帰り途にそれを大切な珍らしい物のやうに手に持つてゐる。赤い頭のペピイはそれを馬鹿らしく思ふらしく痰を吐いて見せる。クリストフは腹の中で恥かしがる。
 併し貧院に戻り着くと、ペピイが先に部屋に這入つて、偶然の様にコツプに水を入れて窓の縁に置く。そして一番暗い隅に腰を掛けて、クリストフが拾つて来た花をそれに插すのを見てゐる。



底本:「鴎外選集 第14巻」岩波書店
   1979(昭和54)年12月19日第1刷発行
初出:「老人」1913(大正2)年1月1日「帝国文学」一九ノ一
原題:Greise.
原作者:Rainer Maria Rilke, 1875−1926
翻訳原本:R. M. Rilke: Am Leben hin.(Nov
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