ス》を防ぎ実扶的里《ジフテリ》を直すことが出来る。Pest《ペスト》 のやうな猛烈な病も、病原菌が発見せられたばかりで、予防の見当は附いてゐる。癩病も病原菌だけは知られてゐる。結核も Tuberculin《ツベルクリン》 が予期せられた功を奏せないでも、防ぐ手掛りが無いこともない。癌《がん》のやうな悪性|腫瘍《しゆやう》も、もう動物に移し植ゑることが出来て見れば、早晩予防の手掛りを見出すかも知れない。近くは梅毒が Salvarsan《サルワルサン》 で直るやうになつた。Elias《エリアス》 Metschnikaff《メチユニコツフ》 の楽天哲学が、未来に属《しよく》してゐる希望のやうに、人間の命をずつと延べることも、或は出来ないには限らないと思ふ。
 かくして最早|幾何《いくばく》もなくなつてゐる生涯の残余《ざんよ》を、見果てぬ夢の心持で、死を怖れず、死にあこがれずに、主人の翁《おきな》は送つてゐる。
 その翁の過去の記憶が、稀に長い鎖のやうに、刹那の間に何十年かの跡を見渡させることがある。さう云ふ時は翁の炯々《けい/\》たる目が大きく※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは
前へ 次へ
全34ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング