ェは Philipp《フイリツプ》 Mainlaender《マインレンデル》 が事を聞いて、その男の書いた救抜《きうばつ》の哲学を読んで見た。
此男は Hartmann《ハルトマン》 の迷《まよひ》の三期を承認してゐる。ところであらゆる錯迷《さくめい》を打ち破つて置いて、生を肯定しろと云ふのは無理だと云ふのである。これは皆迷だが、死んだつて駄目だから、迷を追つ掛けて行けとは云はれない筈だと云ふのである。人は最初に遠く死を望み見て、恐怖して面《おもて》を背《そむ》ける。次いで死の廻りに大きい圏《けん》を画《ゑが》いて、震慄《しんりつ》しながら歩いてゐる。その圏が漸《やうや》く小くなつて、とうとう疲れた腕を死の項《うなじ》に投げ掛けて、死と目と目を見合はす。そして死の目の中に平和を見出すのだと、マインレンデルは云つてゐる。
さう云つて置いて、マインレンデルは三十五歳で自殺したのである。
自分には死の恐怖が無いと同時にマインレンデルの「死の憧憬《しようけい》」も無い。
死を怖れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下つて行く。
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