処を斥《さ》して言ふのである。
その砂山の上に、ひよろひよろした赤松が簇《むら》がつて生えてゐる。余り年を経た松ではない。
海を眺めてゐる白髪の主人は、此松の幾本かを切つて、松林の中へ嵌《は》め込んだやうに立てた小家《こいへ》の一間《ひとま》に据わつてゐる。
主人が元《も》と世に立ち交つてゐる頃に、別荘の真似事のやうな心持で立てた此小家は、只|二間《ふたま》と台所とから成り立つてゐる。今据わつてゐるのは、東の方一面に海を見晴らした、六畳の居間である。
据わつてゐて見れば、砂山の岨《そは》が松の根に縦横に縫はれた、殆ど鉛直な、所々|中窪《なかくぼ》に崩れた断面になつてゐるので、只|果《はて》もない波だけが見えてゐるが、此山と海との間には、一筋の河水と一帯《いつたい》の中洲《なかす》とがある。
河は迂回《うくわい》して海に灌《そそ》いでゐるので、岨《そは》の下では甘い水と鹹《から》い水とが出合つてゐるのである。
砂山の背後《うしろ》の低い処には、漁業と農業とを兼ねた民家が疎《まば》らに立つてゐるが、砂山の上には主人の家が只一軒あるばかりである。
いつやらの暴風に漁船が一艘|跳
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