Bまづ君の考へ込んでゐる時、僕が突然声を掛けた、あの時を起点として、あれから逆に戻るのだね。そしてあの果物屋の打つ付かつた時まで帰り着けば好いわけだね。この連鎖の主な廉々《かど/\》は一、シヤンチリイ二、オリヨン三、ドクトル・ニコルス四、エピクロス五、立体幾何学六、敷石七、果物屋とかう云ふ順序だよ。」
思想が転変して或る帰着点に到達する順序を逆に考へて見ると云ふ事は、随分誰でも遣つて見る事である。さう云ふ事は随分面白い。始て遣つて見た人は、その連鎖の始と終とを並べて見て、その二つが非常に懸隔してゐるのに驚くだらう。己は友達の話を聞いて非常に驚いた。それが事実であつたからである。
友達はかう云つた。「もし僕の記憶が誤つてゐなかつたら、君と僕とはC町から曲る前に馬の話をしてゐたね。それ切り物を言はなくなつたのだ。それから角を曲つてこの抜道に出るとたんに、林檎を盛つた大籠を頭に載せた果物屋が駈けて来て、君に打つ付かつた。その時君は往来に敷く敷石の積んであるのに足を蹈み掛けた。その石がぐら付くと、君はすべつて少し足を挫いた。その時君は腹を立てゝ、何か口の内でつぶやいて、積んである石を一目見
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