ツた。「どうぞ君僕に言つて聞かせてくれ給へ。一体どんな方法で僕の心が読めるのだい。若しさう云ふ法があるものなら、それを聞かせてくれ給へ。」詞《ことば》ではかう云つたが、己の不審はとても詞で言ひ現されない程であつた。
 友達は云つた。「君、あの果物屋を見て、それから靴屋のシヤンチリイがクセルクセスだとか、その外古代劇に出て来る英雄の役に不適当だと云ふことを考へたのだらう。」
「果物屋だつて。どんな果物屋だい。僕にはまるで心当がないが。」
「それ。さつきの町の曲角で君に打《ぶ》つ付かつた男さ。さうさね。十五分ばかり前だつたかな。」
 かう云はれて己は思ひ出した。成程己が|C町《セエまち》から今立つてゐる抜道に曲り掛かつた時、林檎を盛つた大籠を頭に載せた男が己に打つ付かつて、己は倒れさうになつたのだ。併しそれとシヤンチリイとの間にどんな連絡があるか、己にはまだ分からない。
 併しドユパンは決して※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]衝《うそつ》きではなかつた。己に説明して聞かせたところはかうである。「そんなら君に言つて聞かせよう。君に得心の行くやうに思想の連鎖を逆に手繰つて見よう
前へ 次へ
全64ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング