にも知られぬを願ひて、君が御助《みたすけ》を借らむとこそおもひ侍《はべ》れ。ここの人への心づかひのみならば、郵便もあめれど、それすら独《ひとり》出づること稀なる身には、協《かな》ひがたきをおもひやり玉へ。」といふに、げに故あることならむとおもひて諾《うべな》ひぬ。
 入日は城門近き木立より虹の如く洩りたるに、河霧たち添ひて、おぼろけになる頃塔を下れば、姫たちメエルハイムが話ききはててわれらを待受け、うち連れて新《あらた》にともし火をかがやかしたる食堂に入りぬ。こよひはイイダ姫きのふに変りて、楽しげにもてなせば、メエルハイムが面《おもて》にも喜のいろ見えにき。
 あくる朝ムッチェンのかたをこころざしてここを立ちぬ。
 秋の演習はこれより五日ばかりにて終り、わが隊はドレスデンにかへりしかば、われはゼエ・ストラアセなる館をたづねて、さきにフォン・ビュロオ伯が娘イイダ姫に誓ひしことを果さむとせしが、固《もと》よりところの習にては、冬になりて交際の時節|来《こ》ぬ内、かかる貴人《あてびと》に逢はむことたやすからず、隊附の士官などの常の訪問といふは、玄関の傍《かたえ》なる一間に延《ひ》かれて、名簿
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