かかることはこのヨオロッパにもなからずやは。いいなずけするまでの交際《つきあい》久しく、かたみに心の底まで知りあう甲斐《かい》は否《いな》とも諾《う》ともいわるるうちにこそあらめ、貴族仲間にては早くより目上の人にきめられたる夫婦、こころ合わでもいなまんよしなきに、日々にあい見て忌むこころあくまで募りたるとき、これに添わする習い、さりとてはことわりなの世や」
「メエルハイムはおん身が友なり。悪《あ》しといわば弁護もやしたまわん。否、われとてもその直《すぐ》なる心を知り、貌《かたち》にくからぬを見る目なきにあらねど、年ごろつきあいしすえ、わが胸にうずみ火ほどのあたたまりもできず。ただいとうにはゆるは彼方《あなた》の親切にて、ふた親のゆるしし交際《つきあい》の表、かいな借さるることもあれど、ただ二人になりたるときは、家も園もゆくかたものういぶせく覚えて、こころともなく太き息せられても、かしら熱くなるまで忍びがとうなりぬ。なにゆえと問いたもうな。そを誰か知らん。恋うるも恋うるゆえに恋うるとこそ聞け、嫌うもまたさならん」
「あるとき父の機嫌よきをうかがい得て、わがくるしさいいいでんとせしに、気色
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