果さんとせしが、もとよりところの習いにては、冬になりて交際の時節来ぬうち、かかる貴人《あてびと》にあわんことたやすからず、隊つきの士官などの常の訪問というは、玄関のかたえなる一間に延《ひ》かれて、名簿に筆染むることなればおもうのみにてやみぬ。
 その年も隊務いそがわしきうちに暮れて、エルベがわ上流の雪消《ゆきげ》にはちす葉のごとき氷塊、みどりの波にただようとき、王宮の新年はなばなしく、足もと危うき蝋磨《ろうみが》きの寄木《よせき》をふみ、国王のおん前近う進みて、正服うるわしき立ち姿を拝し、それよりふつか三日過ぎて、国務大臣フォン、ファブリイス伯の夜会に招かれ、オースタリア、バワリア、北アメリカなどの公使の挨拶《あいさつ》おわりて、人々こおり菓子に匙《さじ》をおろすすきをうかがい、伯爵夫人のかたえに歩み寄り、事のもと手短かにのべて、首尾よくイイダ姫が文をわたしぬ。
 一月中旬に入りて昇進任命などにあえる士官とともに、奥のおん目見えをゆるされ、正服着て宮に参り、人々と輪なりに一間に立ちて臨御を待つほどに、ゆがみよろぼいたる式部官に案内《あない》せられて妃《きさき》出でたまい、式部官に名をい
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