たちま》ち掩はれ、乍ちまた顯れて、風に弄ばるゝに似たり。戸口に入りしより疲を覺えて、身の節の痛み堪へ難ければ、這ふ如くに梯を登りつ。庖厨《くりや》を過ぎ、室の戸を開きて入りしに、机に倚りて襁褓縫ひたりしエリスは振り返へりて、「あ」と叫びぬ。「いかにかし玉ひし。おん身の姿は。」
驚きしも宜なりけり、蒼然として死人に等しき我面色、帽をばいつの間にか失ひ、髮は蓬《おど》ろと亂れて、幾度か道にて跌《つまづ》き倒れしことなれば、衣は泥まじりの雪に※[#「さんずい+于」、第3水準1−86−49]《よご》れ、處々は裂けたれば。
余は答へんとすれど聲出でず、膝の頻りに戰かれて立つに堪へねば、椅子を握まんとせしまでは覺えしが、その儘に地に倒れぬ。
人事を知る程になりしは數週の後なりき。熱劇しくて譫語《うはこと》のみ言ひしを、エリスが慇《ねもごろ》にみとる程に、或日相澤は尋ね來て、余がかれに隱したる顛末を審《つば》らに知りて、大臣には病の事のみ告げ、よきやうに繕ひ置きしなり。余は始めて病牀に侍するエリスを見て、その變りたる姿に驚きぬ。彼はこの數週の内にいたく痩せて、血走りし目は窪み、灰色の頬は落ちた
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