らはいるのかと迷いながら、階段を登ってみると、左の方の戸口に入口と書いてある。
靴《くつ》がだいぶ泥になっているので、丁寧に掃除をして、硝子《ガラス》戸をあけてはいった。中は広い廊下のような板敷で、ここには外にあるのと同じような、棕櫚《しゅろ》の靴《くつ》ぬぐいのそばに雑巾《ぞうきん》がひろげておいてある。渡辺は、おれのようなきたない靴をはいて来る人がほかにもあるとみえると思いながら、また靴を掃除した。
あたりはひっそりとして人気《ひとけ》がない。ただ少しへだたったところから騒がしい物音がするばかりである。大工がはいっているらしい物音である。外に板囲いのしてあるのを思い合せて、普請《ふしん》最中だなと思う。
誰《たれ》も出迎える者がないので、真直《まっす》ぐに歩いて、つき当って、右へ行こうか左へ行こうかと考えていると、やっとのことで、給仕らしい男のうろついているのに、出合った。
「きのう電話で頼んでおいたのだがね」
「は。お二人さんですか。どうぞお二階へ」
右の方へ登る梯子《はしご》を教えてくれた。すぐに二人前の注文をした客とわかったのは普請中ほとんど休業同様にしているからであ
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