杯
森鴎外
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)皷《つづみ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)七|顆《か》の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)“[#「“」は下付き]
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温泉宿から皷《つづみ》が滝《たき》へ登って行く途中に、清冽《せいれつ》な泉が湧《わ》き出ている。
水は井桁《いげた》の上に凸面《とつめん》をなして、盛り上げたようになって、余ったのは四方へ流れ落ちるのである。
青い美しい苔《こけ》が井桁の外を掩《おお》うている。
夏の朝である。
泉を繞《めぐ》る木々の梢《こずえ》には、今まで立ち籠《こ》めていた靄《もや》が、まだちぎれちぎれになって残っている。
万斛《ばんこく》の玉を転《ころ》ばすような音をさせて流れている谷川に沿うて登る小道を、温泉宿の方から数人の人が登って来るらしい。
賑《にぎ》やかに話しながら近づいて来る。
小鳥が群がって囀《さえず》るような声である。
皆子供に違ない。女の子に違ない。
「早くいらっしゃいよ。いつでもあなたは遅れるのね。早くよ」
「待っていらっしゃい
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