に見んとは   綱浄
[#ここで字下げ終わり]
と云ふ歌をよんだ。それを福羽子爵が半折に書いて、
[#ここから3字下げ]
いと高きしらべなりけりふじのねに
  これもおとらぬ君がことのは
[#ここで字下げ終わり]
と書き添へて贈られた掛物が残つてゐる。漢文は達者に書いたらしいが、詩は一つもない。俳諧の話は、母が小娘の時によくして聞かせられたと云ふ事である。その話は浪人になつて大阪にゐた時、点取と云ふことを人に勧められてしたが、宗匠に不服なのと、どうも無学な人にかなはないのとで、すぐに廃めたと云ふことであつたさうだ。負けじ魂のあつた人らしいので、さう思つたのも無理はないと、微笑まれるやうな気がする。宗匠との衝突はかうであつた。
[#天から3字下げ]茸狩や落した櫛を拾ふ手に
と云ふ句を、宗匠が
[#天から3字下げ]茸狩や釵捜す手にもこれ
と直した。祖父が、それでは松茸が頭に生えてゐるやうだと云つて、承知しなかつたと云ふことがある。祖父の句も余り旨くはなかつたやうである。但し記憶の誤があるかも知れない。(跡は又折があつたら書くとしよう。)



底本:「日本の名随筆 別巻25 俳句」作品社

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