顔を挙げずに、「生れは」と繰り返してすぐに自分で、「不明だな」と云い足して、やっと顔を挙げた。
ツァウォツキイは頷いた。
「何か娑婆で忘れて来た事があるなら、一日だけ暇を貰って帰って来る権利があるのだ。正当に死ねるはずの時が来て死んだものには、そんな権利は無い、もう用事が無いはずだからな。自殺したものとなるととかく何かしら忘れて来るものだ。そのために娑婆のものが迷惑するかも知れない。どうだな。」役人はこわい目をしてツァウォツキイを見た。自殺者を見るには、いつもこんな目附をするのである。
「そうですね。忘れたと云えば、子供の生れるのを待って、見て来ようと思ったのですが、それを忘れて来ました。随分見たかったのですから、惜しい事をしたと思いましたよ。ところがそこに気の附いた時にはもうあとの祭でした。悲しいことは悲しいのですが、わたしだって男一匹だ。ここに来たからには、せっかくの御注意ですが、やっぱりこのまま置いてお貰い申しましょう。」ツァウォツキイはこう云って、身を反らして、傲慢な面附《つらつき》をして役人の方を見た。胸に挿してある小刀と同じように目が光った。
役人は「監房に入れい、情の
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