漏れた。そして卓が少しぐら附いて、上に載せてある器《うつは》が触れ合つて鳴つた。
「奥さん。困りますな。お泣きになるにはまだちつと早過ぎます。お歎きになる理由がありません。」学士は匙で茶を掻き交ぜながら、かう云つた。「まだ好くなるかも知れません。足が立つて、目が明かないには限りません。落胆なさつてはいけない。あなたも、御主人も、落ち着いてお出になるのが肝心です。あんまり御心配なさり過ぎる。あの大佐の先生はどうです。両脚ともなくなつてゐますぢやありませんか。泣きなんぞはしない。立派に暮してゐる。上機嫌でさあ。恩給を頂戴して、天帝の徳を称へてゐるのです。」学士はかう語り続けた。
「宅なんぞでは、まだ三年勤めなくては、恩給は戴けません。」サモワルの蔭から、夫人は悲しげな声でかう云つて、涙を拭いた。「それに子供も二人あります。」かう云つて鼻をかんだ。
「二人あつて結構ぢやありませんか。兄いさんは学士になつて、お役人になります。無論出版物検閲官丈は御免を蒙るですな。蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]も大きくなつて、およめに行きます。きつとすばらしい、えらい婿さんがありますよ。」
「それ
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