》演説をした。一同プラトンの処へ、杯を打ち合せに来た。そして万歳を唱へた。唯社説記者ポトリヤソウスキイ丈は、顔を蹙《しか》めて隅の方に据わつた儘、起つて杯を打ち合せに来ようともしない。その上ちよつと編輯長を睨んで、少し唇を動かした。それから一同の騒ぎが鎮まるのを待つて、起ち上がつて、波を打つた髪を額から背後《うしろ》へ掻き上げて「理想」の詩といふものを歌ひ出した。
「自由の生みし理想なり。
よしや鎖に繋ぐとも、
理想は死なじ、とこしへに。」
 社説記者は歌ひ罷んで、「理想は死なない。決して死なないぞ。諸君」と云つて、一人で万歳を叫んだ。
 これには誰も異論はない。そこで万歳に和して、又杯を打ち合せた。プラトンの処へも打ち合せに来た。その時社説記者は、プラトンの傍へずつと寄つて来て、顔を蹙めてかう云つた。
「おい。ホレエシヨ君。(シエエクスピイアのハムレツト中の人物。)君は厭に黙り込んでゐるね。君は我輩共と飲んで丈はくれる。だがね、それでは僕は満足しない。一つ演説を願はう。君の信仰箇条を打ち明け給へ。君の Profession de foi をね。」
「何を言へと云ふのです。」
「君のプ
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