思想に感激して已まなかつた。
それから午餐会があつた。我国では儀式とか祭とか葬《とむらひ》とか云へば、午餐会がなくてはならないからである。会は賑かで、さう/″\しく、愉快であつた。いろ/\の演説があつた。なる丈人道的に立論したいと、互に競ふらしかつた。料理の品数が多くて、果てしがないやうに思はれた。
新に生れた新聞の代表者達が、プラトンを特別に待遇した。プラトンは間もなく、さつき式場で万歳を唱へた時、自分が除けものゝ様に扱はれたことを忘れた。プラトンが席の一方には編輯長ミハイルが据わつてゐる。他の一方には発行を請け負つた書肆の主人がゐる。書肆は旁《かたは》ら立派な果物罐詰類の店を出してゐる、進歩思想の商人である。此二人がプラトンに種々《いろ/\》の葡萄酒や焼酎を勧めて、プラトンは応接に遑《いとま》あらずと云ふ工合である。酒には一々新聞の欄になぞらへた仇名が附けてある。并《なみ》の焼酎を「社説」と云ふ。コニヤツクを「電報」と云ふ。葡萄酒を「外国通信」と云ふなどの類である。
「どうです、プラトン・アレクセエヰツチユさん、最近の通信をもう一杯」と編輯長が侑《すゝ》める。
「もう行けません
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