繋いだ簾《すだれ》が卸してあるので、そこから漏れて来る日の光が、琥珀のやうな黄を帯びて、一種病的な色をしてゐる。人を悲しませて、同時に人を興奮させる色である。暗い片隅には、聖像の前に燈明が上げてある。このちら/\する赤い火があるために、部屋が寺院にある龕《がん》か、遺骨を納める石窟かと思はれる。
黒い服を着た、痩せた貴婦人が、苦痛を刻み附けられた顔をして、抜足をして、出たり這入つたりする。これが病人の妻グラフイラ・イワノフナである。女は耳を澄まして、病人の寐息を開く。それから仰向いて、燈明の小さい星のやうに照つてゐる奥の聖像を見る。それから痩せて、骨ばかりになつてゐる両手で、胸をしつかり押へて、唇を微かに動かす。
折々は大学の制服を着た青年が一人、不安らしい顔をして来て、二三分間閾の上に立つて、中の様子を窺つてゐて、頭を項垂《うなだ》れて行つてしまふ。
こん度来たのは、脚の苧殻《をがら》のやうに細い、六歳の娘である。お父うさんを見ようと云ふので、抜足をして、そつと病人の足の処まで来て、横目で見た。常は慈愛、温厚、歓喜の色を湛へてゐた父の目が、例の※[#「目+匡」、第3水準1−88
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