てないのは、一号だつてありますまい。何も差支なささうなものですが。」
「さあ。差支ないと云へば、ないやうなものですが、どうでせう、よさせるわけには行きませんかなあ。お互の為めですが。実は今見てゐる原稿にも、革命何事ぞ、顧みずして可なりと云ふやうな文句があるです。クリユキンといふ先生は、なぜ不用心な物の言ひやうをするのでせう。」手に持つてゐる原稿を振り廻してかう云つてゐる。
 二人は暫く言ひ争つてゐたが、なか/\妥協が出来なかつた。しまひにプラトンがかう云つた。
「なる程、革命といふものが事実有つて見れば、その事を丸で言はないわけには行かないかも知れませんね。併し老人が折り入つて願ふのですから、どうにか御都合は出来ますまいかなあ。詰まりなんとか別な詞で言ふわけには行きますまいかなあ。」
 かう云ひ出したので、此対話の終には、将来革命といふ詞の代りに、カタストロフエといふ詞を使はせようと相談した。此詞も万已むを得ざる場合に限つて使はせようと云ふのである。
 さて此対話の跡で、双方に多少の不満足が残つた。交際が次第に冷かになつた。終には毎日衝突をする。誤解が重《かさ》なる。とう/\本物のカタストロフエが来たのである。
「どうも困ますなあ。なぜ外国通信の欄のフランスの部丈全文をお削りになつたのですか。」
「いや。もう好い加減にして貰ひたいですからなあ。」説明を拒むやうな、不愉快な口吻《こうふん》である。
「どうも全文削除となつて見ると、理由が伺ひたいのですが。」
「全文悪いです。」
「どう悪いですか。」
「実は昨日フランスの記事で。いや。詰まり、好くないです。」
「それは行けません。」
「いや。わたくしはかう遣ります。一体フランスなんぞはどうなつたつて好いぢやありませんか。フランスのお蔭で、ろくな事はありやあしない。」不愉快げに横に向いて云つた。
「どうも分かりませんな。」
「わたくしだつて分かりません。」強情らしく云つた。
 それから後は、フランスの事は悉《こと/″\》く削除してしまふ。なぜかと云つても、説明はしない。或る日編輯長が云つた。
「どうも已むを得ませんから、其筋へ上申して見ようかと思ひます。御職権外の事をなさるやうですから。」詞に廉《かど》を立てゝ云つたのである。
「併しあなただつてわたくしが丸で理由なしに、こんな事をし出したのだとは思はないでせうが。」
「それは御辯解が出来るなら、其筋でなさつたら好いでせう。」
「わたくしが何もフランスにしろ、外の国にしろ、余所の国に対して、どうと云ふ考のないことは、あなただつてお分かりでせうがなあ。」
 大ぶ話の調子が変つてゐるので、夫人は戸の外で立聞をしてゐる。そしてかう思つてゐる。「なんだつて、此頃は二人で喧嘩ばかりしてゐるのだらう。変な事になつたものだ。」とう/\夫人は戸を開けて這入つた。
「あなた、なぜそんなに宅をお困らせなさいますの。こんな年寄りを。」
「好いよ/\、グラツシヤア。お前なんぞが出なくても好いよ。ほんに/\己は気でも違はなければ好いが。」
「ねえ、あなた。ミハイル・イワノヰツチユさん。宅は新聞の事で、随分色々な目に逢つてゐますのですから、どうぞあなたまでが、そんなに仰やらないで。」
「いゝえ、奥さん、どうもそれは違ひますなあ。わたくしが御主人をおいぢめ申すのではありません。御主人がわたくし共をおいぢめになりますので。」
「あら。そんな事を仰やつたつて、わたくし本当だとは思ひません。蠅一匹殺さない宅の事でございますもの。」
 プラトンの出る地方庁の事務室にも、自宅にも電話が掛かつてゐる。役所に出てゐても、内にゐても、ちりん/\と鈴《すゞ》が鳴つては、電話口に呼び出されるのである。
「もし/\。あんな記事をなぜ出させるのですか。」
「あなたはどなたです。」
「鉄道課長です。」
「なんと仰やるのですか。」
「なぜ新聞にあんな記事をお出させになるかと申すので。」
 プラトンは受話器を耳に当てた儘で黙つてゐる。その顔付きは丸で途方にくれたやうである。
「いづれ其筋に申出ます。さやうなら。」電話は切れた。
 プラトンは奮然として受話器を鉤《かぎ》に掛けて、席に復《かへ》つた。それから五分も立たないうちに、又ちりん/\と鳴る。
「どなたです。」
「知事だがね。」
 プラトンはびつくりして顔が凝《こ》り固まつたやうになつた。それから電話口に向いてお辞儀をして、一声聞える毎に、「御意で」「御意で」と云つてゐる。「いえ。存じませんでした。御意で。どうぞ。閣下、御免下さりますやうに。」顔の表情が次第に途方に暮れたやうになつて、鼻の頭に大きな汗の玉が出てゐる。
 電話は切れた。「やれ/\。増俸も何もあつたものではない。こんな目に逢はずに済むことなら、こつちから三百ルウブル出しても好い
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