、それが田畑の緑に埋《うず》もれて、夢を見るように、海に覗《のぞ》いている。雨を催している日の空気は、舟からこの海岸を手の届くように近く見せるのである。
我々は北国《ほっこく》の関門に立っているのである。なぜというに、ここを越せばスカンジナヴィアの南の果《はて》である。そこから偉大な半島がノルウェエゲンの瀲《みぎわ》や岩のある所まで延びている。
あそこにイブセンの墓がある。あそこにアイスフォオゲルの家《いえ》がある。どこかあの辺《へん》で、北極探険者アンドレエの骨が曝《さら》されている。あそこで地極《ちきょく》の夜《よ》が人を威《おど》している。あそこで大きな白熊《しろくま》がうろつき、ピングィン鳥《ちょう》が尻《しり》を据えて坐《すわ》り、光って漂い歩く氷の宮殿のあたりに、昔話にありそうな海象《かいぞう》が群がっている。あそこにまた昔話の磁石の山が、舟の釘《くぎ》を吸い寄せるように、探険家の心を始終引き付けている地極の秘密が眠っている。我々は北極の閾《しきい》の上に立って、地極というものの衝《つ》く息を顔に受けている。
この土地では夜《よる》も戸を締めない。乞食《こじき》もいな
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