ふつりあい》に伸びていて、イギリス人の a long lad なんぞと云うたちである。金は無い。親を亡くした当座で、左の腕に喪章を附けている。その時のマドレエヌはどうであったか。栗色の髪の毛がマドンナのような可哀《かわい》らしい顔を囲んでいる若後家である。その時の場所はどんな所であったか。イソダンの小さい客間である。俗な、見苦しい、古風な座敷で、椅子や長椅子には緋の天鵝絨《びろうど》が張ってある。その天鵝絨は物を中に詰めてふくらませてあって、その上には目を傷めるような強い色の糸で十文字が縫ってある。アラバステル石の時計がある。壁に塗り込んだ煖炉の上に燭台が載せてある。
 ピエエル・オオビュルナンはこんな光景を再び目の前に浮ばせてみた。この男はそう云う昔馴染の影像を思い浮べて、それをわざとあくまで霊の目に眺めさせる。そうして置けば、それが他日物を書くときになって役に立たぬ気遣いは無い。それからピエエルは体を楽にして据わり直して、手紙を披《ひら》いて読んだ。

       ――――――――――――――――――――

 イソダン。五月二十三日。
 なぜわたくしは今日あなたに出し抜けに手紙を上げようと決心いたしたのでしょう。人の心の事がなんでもお分かりになるあなたに伺《うかが》ってみたら、それが分かるかも知れません。わたくしこれまで手紙が上げたく思いましたのは、幾度だか知れません。それでいて、いざとなると、いつも大胆に筆を取ることが出来なくなってしまいました。今日は余り大胆な事をいたすことになりましたので、わたくしは自分で自分に呆れています。さて、当り前なら手紙の初めには、相手の方を呼び掛けるのですが、わたくしにはあなたの事を、どう申上げてよろしいか分かりません。「オオビュルナン様」では余りよそよそしゅうございます。「尊い先生様」では気取ったようで厭でございます。「愛する友よ」とか、「愛するピエエルよ」とか申すのでしょうか。どうもそんなのがちょうどよろしいかと存ぜられます。ですけど、頭からそう申す事は、余り不躾《ぶしつけ》なようで出来かねます。だんだん書いてまいりますうちに、そんな事も申されるようになりますかも知れません。
 あなたがわたくしの事を度々思い出して下さるだろう、そしてそれを思い出すのを楽しみにして下さるだろうなんぞとは、わたくしは一度も思った事はございません
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