れが大失錯で、夫の要求は次第に大きくなるばかりでございます。今日のところでは、わたくしは主人に屈従している賄方のようなものでございます。そう云う身の上は余り幸福ではございませんわね。それでもわたくしは主人が渡世上手で、家業に勉強して、わたくし一人を守っていてくれるのをせめてもの慰めにいたしていました。
 しかしそれはわたくしがひどく騙されていたのでございます。ある偶然の出来事から、わたくしはそれを発見いたしました。夫はある日机の抽斗《ひきだし》に鍵を掛けることを忘れたのでございます。リイユやブリュクセルやパリイに、夫は昔馴染を持っていて、わたくしと一しょになってからも、始終その関係を断たずにいたのでございます。
 わたくしはすぐに頼附けの弁護士の所へまいって、離婚願を出して貰おうかと存じました。しかしわたくしだけが知っている事を、イソダンの人達に皆知らせるのが厭になって、わたくしは羞恥の心から思い留まりました。夫は取引の旅行中にその女どもに逢っていますので、イソダンでは誰も知らずにいるのでございます。
 そこでわたくしはどういたしたらよろしいのでございましょう。それについて誰に相談いたしましょう。決してこの土地の人には打明けたくございません。
 そんならパリイには誰がいるかと云うと、あなたより外に知った方はありません。
 あなたはわたくしの相談相手になって下さらないわけには参りますまい。わたくし自身に分からない事までも、あなたにはお分かりになりましょう。あなたはお職業柄で女の心を御承知でいらっしゃるはずでございますからね。それにあなたは世間の事をよく御承知で、法律にもお精しいことを承知いたしています。わたくしは万事打明けてお願申すつもりでございます。わたくしの幸福と申すのは可笑《おか》しゅうございますが、わたくしの平和は、あなたのためにも、どうでもよろしい物ではございますまい。
 どうぞあなたの貴重な時間の十五分間をわたくしに御|割愛《かつあい》なさって下さいまし。ちょうど夫は取引用で旅行いたしまして、五六日たたなくては帰りません。明晩までに、差出人なしに「承知」と云う電信をお発し下さいましたら、わたくしはすぐにパリイへ立つことにいたしましょう。済みませんが、も一つお願いがございます。御親切ついでに、どうぞあなたの方からお尋なすって下さいまし。あなたのお住いへ伺うこ
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