させるより外には策はありません。しかもなる丈早く満足させるですね。どうせそれまでは気の落ち着くことはないのですから。」
「所がお前欲望にもいろいろあるからな。若し自殺したいと云ふ欲望でも起つたとすると。」
「それですか。それもわたしは度々経験したのですが。」
「したのだがどうだ。」
「したのですが、失敗しました。わたしは鴉片《あへん》を二度飲みました。しかも二度目には初の量の三倍を飲みましたが、それでも足りなかつたと見えます。」
「そんな事を。」
「まあ、聞いて下さい。二度目の時は可笑《をか》しうございましたよ。たしか十四時間眠つて、跡で十二時間吐き続けました。往来で女の物を売る声がしても、小僧が口笛を吹いても、家の中で誰かゞ戸をひどく締めても、わたしはすぐにそれに感じて吐いたのです。そのうちわたしの上の部屋に住んでゐる学生が、あのピツコロと云ふ小さい横笛を吹き始めました。するとわたしは止所《とめど》なしに吐きました。なんでも三十分ばかり倒れてゐて、笛の調子につれて吐いたのです。ぴいひよろひよろと吐いたのです。大ぶ話が横道に這入りましたが。」
「いや。もう己は其上の事を聞きたくないのだ
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