DAT FLEESCH
グスタアフ・ヰイド Gustav Wied
森林太郎訳

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)午食《ごしょく》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)其|詞《ことば》は、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)大きく※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》いて、

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\な誘惑がありますからね
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 ブレドガアデで午食《ごしょく》をして来た帰道である。牧師をしてゐる兄と己《おれ》とである。兄はユウトランドで富饒《ふぜう》なヱイレあたりに就職したいので、其運動に市中へ出て来た。ところが大臣が機嫌好く話を聞いてくれたので、兄はひどく喜んでゐる。牧師でなくては喜ばれぬ程喜んでゐる。兄は絶えず手をこすつて、同じ事を繰り返して言ふ。牧師でなくては繰り返されぬ程繰り返して言ふ。「ねえ、ヨハンネス。これからあの竪町《たてまち》の内へ往つて、ラゴプス鳥《てう》を食べよう。ラゴプス鳥を。ワクチニウムの実を添へてラゴプス鳥を食べよう。」
 こんな事を言つて歩いてゐると、尼が二人向うから来た。一人の年上の方は、外国へ輸出するために肥えさせたやうに肉が附いて、太くなつてゐる。今一人は年が若くて、色が白くて、背《せい》がすらりと高くて、天国から来た天使のやうな顔をしてゐる。
 我々と摩れ違ふ時、二人の尼は目を隠さうとした。すらりとしてゐる方にはそれが出来た。太つた方は下を視るには視たが、垂れた上瞼《うはまぶた》の下から、半分おこつたやうな、半分気味を悪く思ふやうな目をして、横ざまに己の顔を見た。
「あ。いつかの二人だつた。」己はかう云つて兄の臂を掴んだ。
「誰だつたと云ふのかい。」
「まあ、聞いて下さい。あなたの、その尊い口にも唾《つ》の涌くやうな話なのです。あの鍛冶屋町を知つてゐるでせう。」
「うん。まだお上のお役をしてゐた時、あそこで日の入を見てゐたことが度々あるよ。ひどく寂しい所だ。」
「それに乳母が大勢集まる所です。」
「己の往く頃はさうでもなかつたよ。己の往く頃は。」
「まあ、聞いて下さい
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