「どうです」とそうおっしゃいましたね。御挨拶も大した御挨拶ですが、場所が場所でしたわね。わたくしは「結構」と御返事いたしました。窓硝子はがちゃがちゃ云う。車輸はがらがら云う。車全体はわたくしどもを目の廻るようにゆすっていました。ですから一しょう懸命に「けっこう、けーっーこーう」とどならなくてはなりませんでした。まるで雄鶏が時をつくるようでございましたわね。あれが軟い、静かな二頭曳の馬車の中でしたら、わたくしは俯目《ふしめ》になって、小さい声で、「結構でございますわ」とかなんとか申されたのでございます。そしてわたくしはその声に「おとなしい催促」やら「物静かなはにかみ」やらを匂わせることが出来ましたのでございましょう。そしてそれをお聞きになったあなたもその声の中から、わたくしがあなたと御一しょでいい心持がいたしていると云うことやら、わたくしがあなたを少しこわがっていると云うことやら、またそのこわいのがかえっていい心持でいると云うことやら、まあ、いろいろな事を御聞取りになることが出来ましたでございましょう。そのただ結構と云うだけの詞でも、それをわたくしが自分の詞の調子で申すことが出来ましたら
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