艪フ車が去れば、次の一台の車が来る。塔の内に運び入れられる品物はなかなか多いのである。
 己《おれ》は海岸に立ってこの様子を見ている。汐《しお》は鈍く緩く、ぴたりぴたりと岸の石垣を洗っている。市の方から塔へ来て、塔から市の方へ帰る車が、己の前を通り過ぎる。どの車にも、軟《やわらか》い鼠色《ねずみいろ》の帽の、鍔《つば》を下へ曲げたのを被《かぶ》った男が、馭者台《ぎょしゃだい》に乗って、俯向《うつむ》き加減になっている。
 不精らしく歩いて行く馬の蹄《ひづめ》の音と、小石に触れて鈍く軋《きし》る車輪の響とが、単調に聞える。
 己は塔が灰色の中に灰色で画《えが》かれたようになるまで、海岸に立ち尽《つく》していた。

       *          *          *

 電灯の明るく照っている、ホテルの広間に這入ったとき、己は粗い格子の縞羅紗《しまらしゃ》のジャケツとずぼんとを着た男の、長い脚を交叉《こうさ》させて、安楽|椅子《いす》に仰向けに寝たように腰を掛けて新聞を読んでいるのを見た。この、柳敬助という人の画が toile《トアル》 を抜け出たかと思うように脚の長い男には、き
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