フうも同じ広間で出合ったことがあるのである。
「何か面白い事がありますか」と、己は声を掛けた。
 新聞を広げている両手の位置を換えずに、脚長は不精らしくちょいと横目でこっちを見た。「Nothing at all!」物を言い掛けた己に対してよりは、新聞に対して不平なような調子で言い放ったが、暫《しばら》くして言い足した。「また椰子《やし》の殻に爆弾を詰めたのが二つ三つあったそうですよ。」
「革命党ですね。」
 己は大理石の卓の上にあるマッチ立てを引き寄せて、煙草に火を附けて、椅子に腰を掛けた。
 暫くしてから、脚長が新聞を卓の上に置いて、退屈らしい顔をしているから、己はまた話し掛けた。「へんな塔のある処へ往って見て来ましたよ。」
「Malabar《マラバア》 hill《ヒル》 でしょう。」
「あれはなんの塔ですか。」
「沈黙の塔です。」
「車で塔の中へ運ぶのはなんですか。」
「死骸《しがい》です。」
「なんの死骸ですか。」
「Parsi《パアシイ》 族の死骸です。」
「なんであんなに沢山死ぬのでしょう。コレラでも流行《はや》っているのですか。」
「殺すのです。また二三十人殺したと、新聞に出ていましたよ。」
「誰《たれ》が殺しますか。」
「仲間同志で殺すのです。」
「なぜ。」
「危険な書物を読む奴《やつ》を殺すのです。」
「どんな本ですか。」
「自然主義と社会主義との本です。」
「妙な取り合せですなあ。」
「自然主義の本と社会主義の本とは別々ですよ。」
「はあ。どうも好く分かりませんなあ。本の名でも知れていますか。」
「一々書いてありますよ。」脚長は卓の上に置いた新聞を取って、広げて己の前へ出した。
 己は新聞を取り上げて読み始めた。脚長は退屈そうな顔をして、安楽椅子に掛けている。
 直ぐに己の目に附いた「パアシイ族の血腥《ちなまぐさ》き争闘」という標題の記事は、かなり客観的に書いたものであった。

       *          *          *

 パアシイ族の少壮者は外国語を教えられているので、段々西洋の書物を読むようになった。英語が最も広く行われている。しかし仏語《ふつご》や独逸《ドイツ》語も少しずつは通じるようになっている。この少壮者の間に新しい文芸が出来た。それは主として小説で、その小説は作者の口からも、作者の友達の口からも、自然主義の名を以て吹
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