びぜんしままち》河内屋《かはちや》八五郎の使《つかひ》だと云ふ。河内屋は兼《かね》て取引《とりひき》をしてゐる家なので、どんな用事があつて、夜《よ》に入《い》つて人をよこしたかと訝《いぶか》りながら、庭へ降りて潜戸《くゞりど》を開けた。
戸があくとすぐに、衣の上に鼠色《ねずみいろ》の木綿合羽《もめんかつぱ》をはおつた僧侶が二人つと這入《はひ》つて、低い声に力を入れて、早くその戸を締《し》めろと指図した。驚きながら見れば、二人共|僧形《そうぎやう》に不似合《ふにあひ》な脇差《わきざし》を左の手に持つてゐる。五郎兵衛はがた/\震えて、返事もせず、身動きもしない。先に這入つた年上の僧が目食《めく》はせをすると、跡《あと》から這入つた若い僧が五郎兵衛を押し除《の》けて戸締《とじまり》をした。
二人は縁《えん》に腰を掛けて、草鞋《わらぢ》の紐《ひも》を解《と》き始めた。五郎兵衛はそれを見てゐるうちに、再び驚いた。髪《かみ》をおろして相好《さうがう》は変つてゐても、大塩親子だと分かつたからである。「や。大塩様ではございませんか。」「名なんぞを言ふな」と、平八郎が叱るやうに云つた。
二人は黙つ
前へ
次へ
全125ページ中88ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング