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大塩平八郎年譜
寛政五年癸丑(一七九三年) 大塩平八郎後素生る。幼名文之助。祖先は今川氏の族にして、波右衛門と云ふ。今川氏滅びて後、岡崎の徳川家康に仕ふ。小田原役に足立勘平を討ちて弓を賜はる。伊豆塚本に采地《さいち》を授けらる。大阪陣の時、越後柏崎の城を守る。後尾張侯に仕へ、嫡子をして家を襲《つ》がしむ。名古屋白壁町の大塩氏は其後なり。波右衛門の末子《ばつし》大阪に入り、町奉行組与力となる。天満橋筋長柄町東入四軒屋敷に住す。数世にして喜内と云ふものあり。其弟を助左衛門、其子を政之丞成余と云ふ。成余の子を平八郎敬高と云ふ。敬高の弟志摩出でて宮脇氏を冒《をか》す。敬高大西氏を娶《めと》る。文之助を生む。名は後素。字《あざな》は子起。通称は平八郎。中斎と号す。居る所を洗心洞と云ふ。其親族関係左の如し。(幸田)
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橋本氏              某─┬─忠兵衛─┬─みね
                   │     │
                   └ゆう   └松次郎
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