》しく書いてある幸田成友《かうだしげとも》君の「大塩平八郎」を読み、同君の新小説に出した同題の記事を読んだ。そして古い大阪の地図や、「大阪城志」を参考して、伝へられた事実を時間と空間との経緯に配列して見た。
 こんな事をしてゐる間、私の頭の中を稍《やゝ》久しく大塩平八郎と云ふ人物が占領してゐた。私は友人に逢ふ度《たび》に、平八郎の話をし出して、これに関係した史料や史論を聞かうとした。松岡寿《まつをかひさし》君は平八郎の塾にゐた宇津木矩之允と岡田良之進との事に就いて、在来の記録に無い事実を聞かせてくれ、又|三上参次《みかみさんじ》君、松本亦太郎《まつもとまたたらう》君は多少|纏《まとま》つた評論を聞せてくれた。
 そのうち私の旧主人が建ててゐる菁々塾《せい/\じゆく》の創立記念会があつた。私は講話を頼まれて、外に何も考へてゐなかつた為め、大塩平八郎を題とした二時間ばかりの話をした。
 そしてとうとう平八郎の事に就いて何か書かうと云ふ気になつた。
――――――――――――――――――――[#直線は中央に配置]
 私は無遠慮に「大塩平八郎」と題した一篇を書いた。それは中央公論に載せられた。

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