てつぱうかた》になつて、目見以上《めみえいじやう》の末席《ばつせき》に進められた。併し両町奉行には賞与がなかつた。
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附録
私が大塩平八郎の事を調べて見ようと思ひ立つたのは、鈴木本次郎君に一冊の写本を借りて見た時からの事である。写本は墨付《すみつき》二十七枚の美濃紙本で、表紙に「大阪大塩平八郎|万記録《よろづきろく》」と題してある。表紙の右肩には「川辺文庫」の印がある。川辺御楯《かはのべみたて》君が鈴木君に贈与したものださうである。
万記録《よろづきろく》の内容は、松平|遠江守《とほたふみのかみ》の家来稲垣|左近右衛門《さこんゑもん》と云ふ者が、見聞した事を数度に主家へ注進した文書である。松平遠江守とは摂津《せつつ》尼崎の城主松平|忠栄《ただなが》の事であらう。
万記録は所謂《いはゆる》風説が大部分を占めてゐるので、其中から史実を選《えら》み出さうとして見ると、獲ものは頗《すこぶる》乏しい。併《しか》し記事が穴だらけなだけに、私はそれに空想を刺戟《しげき》せられた。
そこで現に公にせられてゐる、大塩に関した書籍の中で、一番多くの史料を使つて、一番|精《くは
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