》に勧めた。四人の影は平野郷方角へ出る畑中道《はたなかみち》の闇《やみ》の裏《うち》に消えた。
十、城
けふの騒動が始《はじめ》て大阪の城代《じやうだい》土井の耳に入《い》つたのは、東町奉行|跡部《あとべ》が玉造口定番《たまつくりぐちぢやうばん》遠藤に加勢を請《こ》うた時の事である。土井は遠藤を以て東西両町奉行に出馬を言ひ付けた。丁度西町奉行堀が遠藤の所に来てゐたので、堀自分はすぐに沙汰《さた》を受け、それから東町奉行所に往つて、跡部に出馬の命を伝へることになつた。
土井は両町奉行に出馬を命じ、同時に目附中川半左衛門、犬塚太郎左衛門を陰謀の偵察、与党の逮捕に任じて置いて、昼四つ時《どき》に定番《ぢやうばん》、大番《おほばん》、加番《かばん》の面々を呼び集めた。
城代土井は下総《しもふさ》古河《こが》の城主である。其下に居る定番《ぢやうばん》二人《ににん》のうち、まだ着任しない京橋口定番|米倉《よねくら》は武蔵金沢の城主で、現に京橋口をも兼ね預かつてゐる玉造口定番遠藤は近江《あふみ》三上《みかみ》の城主である。定番の下には一年交代の大番頭《おほばんがしら》が二人ゐる。東大番頭は三河《みかは》新城《しんじやう》の菅沼織部正定忠《すがぬまおりべのしやうさだたゞ》、西大番頭は河内《かはち》狭山《さやま》の北条|遠江守氏春《とほたふみのかみうぢはる》である。以上は幕府の旗下で、定番の下には各与力三十騎、同心百人がゐる。大番頭の下には各|組頭《くみがしら》四人、組衆《くみしゆう》四十六人、与力十騎、同心二十人がゐる。京橋組、玉造組、東西大番を通算すると、上下の人数が定番二百六十四人、大番百六十二人、合計四百二十六人になる。これ丈《だけ》では守備が不足なので、幕府は外様《とざま》の大名に役知《やくち》一万石|宛《づゝ》を遣《や》つて加番《かばん》に取つてゐる。山里丸《やまざとまる》の一加番が越前大野の土井能登守利忠《どゐのとのかみとしたゞ》、中小屋《なかごや》の二加番が越後|与板《よいた》の井伊|右京亮直経《うきやうのすけなほつね》、青屋口《あをやぐち》の三加番が出羽《では》長瀞《ながとろ》の米津伊勢守政懿《よねづいせのかみまさよし》、雁木坂《がんきざか》の四加番が播磨《はりま》安志《あんじ》の小笠原|信濃守長武《しなのゝかみながたけ》である。加番は各|物頭《ものがしら》五人、徒目付《かちめつけ》六人、平士《ひらざむらひ》九人、徒《かち》六人、小頭《こがしら》七人、足軽《あしがる》二百二十四人を率《ひき》ゐて入城する。其内に小筒《こづゝ》六十|挺《ちやう》弓二十|張《はり》がある。又|棒突足軽《ぼうつきあしがる》が三十五人ゐる。四箇所の加番を積算すると、上下の人数が千三十四人になる。定番以下の此人数に城代の家来を加へると、城内には千五六百人の士卒がゐる。
定番、大番、加番の集まつた所で、土井は正《しやう》九つ時《どき》に城内を巡見するから、それまでに各《かく》持口《もちくち》を固めるやうにと言ひ付けた。それから士分のものは鎧櫃《よろひゞつ》を担《かつ》ぎ出す。具足奉行《ぐそくぶぎやう》上田五兵衛は具足を分配する。鉄砲奉行|石渡彦太夫《いしわたひこだいふ》は鉄砲玉薬《てつぱうたまくすり》を分配する。鍋釜《なべかま》の這入《はひ》つてゐた鎧櫃《よろひびつ[#「よろひびつ」はママ]》もあつた位で、兵器装具には用立たぬものが多く、城内は一方《ひとかた》ならぬ混雑であつた。
九つ時になると、両|大番頭《おほばんがしら》が先導になつて、土井は定番《ぢやうばん》、加番《かばん》の諸大名を連れて、城内を巡見した。門の数が三十三箇所、番所の数が四十三箇所あるのだから、随分手間が取れる。どこに往つて見ても、防備はまだ目も鼻も開いてゐない。土井は暮《くれ》六つ時《どき》に改めて巡見することにした。
二度目に巡見した時は、城内の士卒の外に、尼崎《あまがさき》、岸和田《きしわだ》、高槻《たかつき》、淀《よど》などから繰り出した兵が到着してゐる。
坤《ひつじさる》に開《ひら》いてゐる城の大手《おほて》は土井の持口《もちくち》である。詰所《つめしよ》は門内の北にある。門前には柵《さく》を結《ゆ》ひ、竹束《たけたば》を立て、土俵を築き上げて、大筒《おほづゝ》二門を据《す》ゑ、別に予備筒《よびづゝ》二門が置いてある。門内には番頭《ばんがしら》が控へ、門外北側には小筒を持つた足軽百人が北向に陣取つてゐる。南側には尼崎から来た松平|遠江守忠栄《とほたふみのかみたゞよし》の一番手三百三十余人が西向に陣取る。略《ほゞ》同数の二番手は後にここへ参着して、京橋口に遷《うつ》り、次いで跡部《あとべ》の要求によつて守口《もりぐち》、吹田《すゐた》へ往つた。後に郡山《
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