大塩平八郎
森鴎外
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)天保《てんぱう》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)八年|丁酉《ひのととり》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、底本のページと行数)
(例)[#「りっしんべん+(はこがまえ+夾)」、第3水準1−84−56、164−11]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)やう/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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一、西町奉行所
天保《てんぱう》八年|丁酉《ひのととり》の歳《とし》二月十九日の暁方《あけがた》七つ時《どき》に、大阪|西町奉行所《にしまちぶぎやうしよ》の門を敲《たゝ》くものがある。西町奉行所と云ふのは、大阪城の大手《おほて》の方角から、内本町通《うちほんまちどほり》を西へ行つて、本町橋《ほんまちばし》に掛からうとする北側にあつた。此頃はもう四年前から引き続いての飢饉《ききん》で、やれ盗人《ぬすびと》、やれ行倒《ゆきだふれ》と、夜中《やちゆう》も用事が断《た》えない。それにきのふの御用日《ごようび》に、月番《つきばん》の東町《ひがしまち》奉行所へ立会《たちあひ》に往《い》つて帰つてからは、奉行|堀伊賀守利堅《ほりいがのかみとしかた》は何かひどく心せはしい様子で、急に西組与力《にしぐみよりき》吉田|勝右衛門《かつゑもん》を呼び寄せて、長い間密談をした。それから東町奉行所との間に往反《わうへん》して、けふ十九日にある筈《はず》であつた堀の初入式《しよにふしき》の巡見が取止《とりやめ》になつた。それから家老|中泉撰司《なかいづみせんし》を以《もつ》て、奉行所詰《ぶぎやうしよづめ》のもの一同に、夜中《やちゆう》と雖《いへども》、格別に用心するやうにと云ふ達《たつ》しがあつた。そこで門を敲《たゝ》かれた時、門番がすぐに立つて出て、外に来たものの姓名と用事とを聞き取つた。
門外に来てゐるのは二|人《にん》の少年であつた。一|人《にん》は東組町|同心《どうしん》吉見九郎右衛門《よしみくらうゑもん》の倅《せがれ》英太郎《えいたらう》、今一人は同組同心|河合郷左衛門《かはひがうざゑもん》の倅|八十次郎《やそじらう》と名告《なの》つた。用向《よう
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