ォ起しゝ、唯だ是れ一大|苑囿《ゑんいう》の波上に浮べる如くなり。その水に接する處には許多《あまた》の洞窟あり。その状柱列の迫持《せりもち》を戴けるに似て、波はその門に走り入り、その内にありて戲れ遊べり。突き出でたる巖端《いははな》に城あり、城尖《じやうせん》の邊には、一帶の雲ありて徐《しづ》かに靡き過ぎんとす。我等は大島小島(マユウリイ、ミヌウリイ)を望みて、程なく彼マサニエルロ[#「マサニエルロ」に傍線]とフラヰオ・ジヨオヤ[#「フラヰオ・ジヨオヤ」に傍線]との故郷の緑いろ濃き葡萄丘の間に隱見するを認め得たり。(マサニエルロ[#「マサニエルロ」に傍線]は十七世紀の一揆《いつき》の首領なり。オベエル[#「オベエル」に傍線]が樂曲の主人公たるを以て人口に膾炙《くわいしや》す。フラヰオ・ジヨオヤ[#「フラヰオ・ジヨオヤ」に傍線]は羅針盤を創作せし人なり。)
 伊太利に名どころ多しと雖《いへども》、このアマルフイイ[#「アマルフイイ」に二重傍線]の右に出づるもの少かるべし。われは天下の人のことごとくこれを賞することを得ざるを憾《うらみ》とす。此地は廣袤《くわうばう》幾里の間、四時《しいじ》春なる芳園にして、其中央なる石級上にアマルフイイ[#「アマルフイイ」に二重傍線]の市《まち》あり。西北の風絶て至ることなければ、寒さといふものを知らず。風は必ず東南より起り、棕櫚《しゆろ》橘柚《オレンジ》の氣を帶びて、清波を渉《わた》り來るなり。
 市の層疊して高く聳ゆる状《さま》は、戲園の觀棚《さじき》の如く、その白壁の人家は皆東國の制《おきて》に從ひて平屋根なり。家ある處を踰えて上り、山腹に逼《せま》るものは葡萄丘なり。山上には※[#「土へん+楪のつくり」、第4水準2−4−94]壁《てふへき》もて繞《めぐ》らされたる古城ありて雲を※[#「てへん+(掌の手に代えて牙)」、105−中段−20]《さゝ》ふる柱をなし、その傍には一株の「ピニヨロ」樹の碧空を摩して立てるあり。
 舟の着く處は遠淺なれば、舟人は我等を負ひて岸に上らしめたり。岸には岩窟多くして、水に浸されたると否《あら》ざるとあり。小舟三つ四つ水なき處に引上げたるを、好き遊びどころにして、子供あまた集へり。身に挂《か》けたるは、大抵襦袢一枚のみにて、唯だ稀に短き中單《チヨキ》を襲ねたるが雜《まじ》れり。「ラツツアロオネ」といふ賤民(立坊《たちんばう》抔《など》の類)の裸※[#「ころもへん+呈」、第3水準1−91−75]《らてい》なるが煖き沙《すな》に身を埋めて午睡せるあり。その常に戴ける褐《かち》色の帽は耳を隱すまで深く引き下げられたり。寺院の鐘は鳴り渡れり。紫衣の若僧の一行あり。頌《じゆ》を唱へて過ぐ。捧ぐる所の磔像《たくざう》には、新に摘みたる花の環を懸けたり。
 市の上なる山の左手に、深き洞穴に隣れる美しき大僧堂あり。今は外人《よそびと》の旅館となりて、凡そこゝに來らん程のもの一人としてこれに投ぜざるはなし。夫人をば輿《こし》に載せて舁《か》かせ、我等はこれに隨ひて深く巖《いはほ》に截《き》り込みたる徑《こみち》を進みぬ。下には清き蒼海を瞰《み》る。一行は僧堂の前に留りぬ。内暗き洞穴は我等に向ひて其|※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]《あぎと》を開けり。穴の裏《うち》には十字架三基ありて、耶蘇と二賊との像これに懸り、巖上には彩衣を着て大いなる白き翼を負ひたる數人の天使|跪《ひざまづ》けり。皆美術品などいふべき限のものにはあらず、木もて彫り斑《まだら》にいろどりたるまでなり。されど信仰の温き情は影を此拙作の上に留めて、おのづから美を現ぜり。
 小《ちさ》き中庭を歩みて宿るべき部屋々々に登り着きぬ。我室の窓より見れば、烟波|渺茫《べうばう》として、遠きシチリア[#「シチリア」に二重傍線]のあたりまで只だ一目に見渡さる。地平線の際《きは》に、しろかね色したるものゝ點々數ふべきは舟なり。
 ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]は我を遊歩に誘はんとて來ぬ。いかに詩人よ。共に麓のかたに降り行きて、かしこの風景の美のこゝに殊なりや否やを見んとおもはずや。少くも女性の美は麓のかたの優れたること疑ふべからず。こゝの隣房なる英吉利《イギリス》婦人の色蒼ざめて心冷なるは、我が堪ふること能はざる所なり。おん身も女子《をなご》を見ることをば嫌ひ給はぬならん。恕《ゆる》し給へ、こは我ながらおろかなる問なりき。女子を見ることを嫌ひ給はねばこそ、君はこゝらわたりを彷徨《さまよ》ひて、我は又この邂逅の奇縁を結ぶことを得つるなれ。斯く戲れつゝ、ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]は我を促し立てゝ石徑を下り行けり。途《みち》すがら又いふやう。猶忘れ難きは彼の目しひたる娘の美しさなり。拿破里に歸りての後、カラブリア[#「カラブリア」に二重傍線]酒《ざけ》誂へんをりは、かの娘をも共に取寄せんとぞおもふ。我血を沸き立たしむる功は此も彼に讓らざるべし。
 我等は市街に歩み入りぬ。アマルフイイ[#「アマルフイイ」に二重傍線]の市は裹《つゝ》める貨物《しろもの》をみだりに堆積したる状《さま》をなせり。羅馬なる猶太街《ゲツトオ》の狹きも、これに比べては尚|通衢《つうく》大路《おほぢ》と稱するに足るならん。こゝの街といふは、まことは家と家との間に通じ、又は家を貫きて通じたるろぢの類《たぐひ》のみ。或るときは狹く長き歩廊を行くが如く、左右に小き窓ありて、許多《あまた》の暗黒なる房《へや》に連《つらな》れり。或るときは巖壁と石垣との間に、二人並び歩むに堪へざるばかりの道を開けるが、暗くして曲り、濕りて穢《けが》れ、級を登り級を降りて、その窮極するところを知らず。我等はをり/\身の戸外に在るを忘れて、大いなる廢屋の内を彷徨《さまよ》ふ念《おもひ》をなせり。所々燈を懸けて闇を照すを見る。而して山上は日獨り高かるべき時刻なりしなり。
 既にして我等は稍※[#二の字点、1−2−22]|開豁《かいくわつ》なる處に出でたり。一の石橋あり。こなたの巖端《いははな》よりかなたの巖端に架したり。橋下の辻は市内第一の大逵《ひろこうぢ》なるべし。二少女ありて「サタレルロ」の舞を演せり。貌《かほばせ》めでたく膚|褐《かち》いろなる裸※[#「ころもへん+呈」、第3水準1−91−75]《らてい》の一童子の、傍に立ちてこれを看るさま、愛《アモオル》の神童に彷彿《はうふつ》たり。人の説くを聞くに、この境《さかひ》寒《さむさ》を知らず、數年前|祁寒《きかん》と稱せられしとき、塞暑針は猶八度を指したりといふ。(寒暑針はレオミユウル[#「レオミユウル」に傍線]式ならん。)
 巖頭に小さき塔ありて、美しき入江の景色の、遠く大小二島の邊まで見ゆる處より、蘆薈《ろくわい》、「ミユルツス」の間を通ずる迂曲《うきよく》せる小みちあり。これを行けば、幾《いくばく》もあらぬに、穹窿《きゆうりゆう》の如く茂りあへる葡萄《ぶだう》の下に出づ。我等は渇を覺えぬれば、葡萄圃のあなたに白き屋壁の緑樹の間より見ゆるを心あてに歩《あゆみ》をそなたへ向けたり。輕暖の空氣の中には草木の香みち/\て、美しき甲蟲《かぶとむし》あまた我等の身邊に飛びめぐれり。
 到り着きて見れば、この小家のさまの畫趣多きこと言はんかたなし。壁には近き故墟《こきよ》より掘り出したる石柱頭と石臂《せきひ》石脚とを塗り籠めて飾とせり。屋上に土を盛りて園とし、柑子《かうじ》の樹又はくさ/″\の蔓草類を栽ゑたるが、その枝その蔓四方に垂れ下りて、緑の天鵞絨《びろうど》もて掩へる如し、戸前には薔薇叢《さうびそう》ありて花盛に開けるが、殆ど野生の状《さま》をなせり。六つ七つばかりの美しき小娘二人その傍に遊び戲れ、花を摘みて環《たまき》となす。されどそれより一際《ひときは》美きは、此家の門口に立ち迎へたる女子なり。髮をば白き※[#「台/木」、第4水準2−14−45]布《あさぬの》もて束ねたり。その瞻視《まなざし》の情《なさけ》ありげなる、睫毛《まつげ》の長く黒き、肢體《したい》の品《しな》高くすなほなる、我等をして覺えず恭《うや/\》しく帽を脱し禮を施さゞること能はざらしめたり。
 ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]進み近づきて、さては此|家《いへ》あるじこそは、土地に匹儔《たぐひ》なき美人なりしなれ、疲れたる旅人二人に、一杯《ひとつき》の飮《のみもの》を惠み給はんやと云へば、いと易き程の御事なり、戸外に持ち出でてまゐらせん、されど酒は只だ一種《ひとくさ》ならでは貯《たくは》へ侍らずと笑ひつゝ答ふ。その眞白なる齒に、唇の紅はいよ/\美さを増すを覺えき。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。酒はいかなる酒にもあれ、君の酌《く》みて給はらんに、旨《うま》からぬことやはある。美しき娘の酌める酒をば、われ平生|嗜《たしな》みて飮めり。女主人《をみなあるじ》。されどけふは美しき娘のあらねば、色香なき人妻の酌みてまゐらするを許し給へ。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。さらば君ははや主《ぬし》ある花となり給ひしにや、そのうら若さにて。女主人。否、われははや年多くとりたり。この時|傍聽《かたへぎき》したりしわれ、おん身の芳紀《とし》いくばくぞと問ひぬ。想ふにこの女子まだ十五ばかりなるべけれど、脊丈《せたけ》伸びて恰好《かつかう》なれば、行酒女神《ヘエベ》の像の粉本とせんも似つかはしかるべし。女主人はわが何の爲めに問ひしかを疑ふものゝ如く、我面を暫し守りて二十八歳と答へつ。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。そはまことに好き年紀《としごろ》にて、殊におん身には似あひたり。さるにても人の妻となりてより幾年をか經給《へたま》ひし。女主人。最早《もはや》十とせあまりになりぬ。かしこなる娘たちに問ひ試み給へかしといふ。この時先に門の口にて遊び居たりし二人の娘、我等が前に走り來りぬ。われは故意《わざ》と娘等に向ひて、これは汝たちの母なりやと問ひしに、娘等はゑましげに主人を見て、さなり/\と頷きつゝ右ひだりより主人に倚《よ》り添ひたり。
 女主人は酒もち來りて薦《すゝ》めたり。その味はいとめでたかりき。我等は杯を擧げてあるじの健康を祝したり。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]われを指さして、この男は詩人なり、舞臺に出でゝ即興詩といふ者を歌ふを業《わざ》とす、されば拿破里《ナポリ》の婦人をばことごとく迷はしたれど、生來|頑《かたくな》なること石の如く、世に謂ふ女嫌ひなどいふものにや、まだ婦人に接吻したることなしといへり、珍らしき人にあらずやといへば、主人、さる人は世に有りがたからんとて笑へり。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]語を繼ぎてわれはそれとは表裏《うらうへ》なり、あらゆる美しき女を愛し、あらゆる美しき女に接吻し、あらゆる美しき女の身方《みかた》となりて、到るところ人の心をやはらぐ、されば美しき女に接吻を求むるは我權利なり、我が受け納るべき租税なり、これをばおん身も拂ひ給はざるべからずといひて、つとあるじの手を※[#「てへん+參」、107−上段−22]《と》りたり。女主人。われは人の心やはらげ給ふといふおん惠に與《あづか》らんことをも願はず、さればさる租税をもえ納め侍らず。我租税をば、我夫自ら來りて收め取る習なり。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。その夫はいづくにあるか。女主人。さまで遠からぬところにあり。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。われは拿破里に居れども、いまだかくまで美しき手を見つることあらず。此上に接吻一つせんといはゞ、價いくばくをか求め給ふ。女主人。盾銀《たてぎん》一つにては貴かるべきか。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。さらば盾銀二つ出さば、唇をも任せ給ふべきか。女主人。否、そは千金にも換へ難し。そは吾夫の特權なり。この對話の間、女あるじは我等に酒を侑《すゝ》めて、ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]の慣々《なれ/\》しきをも惡《にく》む色なく、尚暫く無邪氣なる應答をなし居たり。我等はあるじのまことは十四歳にて
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