驍ノあらねど、わがこれを憶ふ情は、恰も幻術の力の左右するところとなれるが如くなりき。われ若し山國《やまぐに》の産《うまれ》ならば、此情はやがて世に謂《い》ふ思郷病《ノスタルジア》なるべし。(歐洲人は思郷病は山國の民多くこれを患《わづら》ふとなせり。)されど又ヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]のわが故郷ならぬを奈何《いかに》せむ。われは悵然《ちやうぜん》として此寺の屋上《やね》より降りぬ。
 客舍に歸れば、卓上に一封の書《ふみ》あるを見る。こはポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]が許より來れるなり。これを讀むに、袂を分ちてより第二の書を作る云々と書せり。さらば友の初の一書は我手に入るに及ばずして失はれしなるべし。ヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]には何の變りたる事もあらねど、マリア[#「マリア」に傍線]は病に臥《こや》したり。その病のさま一時は性命をさへ危くすべくおもはれぬれど、今は早や恢復に近し。猶|戸外《そと》には出でずとなり。末文には、例の戲言《ざれごと》多く物して、まだミラノ[#「ミラノ」に二重傍線]の少女に擒《とりこ》にせられずや、三鞭酒《シヤンパニエ》をな忘れそなど云へり。わ
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