痰ュて、聲はマリブラン[#「マリブラン」に傍線]の如くなりきとぞ。されど今はしも薄落《はくお》ちたり。こはかゝる伎《わざ》もて名を馳せし人の常なり。暫くは日の天に中《ちゆう》するが如き位にありて、世の人の讚歎の聲に心惑ひ、おのが伎《わざ》の時々刻々|降《くだ》りゆくを曉《さと》らず、若し此時に當り早く謀《はかりごと》をなさゞるときは、公衆先づ其演奏の前に殊なるところあるを覺ゆべし。かゝるなりはひする女子の習として、財を獲ること多しといへども、隨ひて得れば隨ひて散じ、暮年の計をおもはねば、その落魄もいと速《すみやか》なり。君のこの女優を見給ひぬといふは、羅馬にての事にやありけん。われ。然り。其頃面を見ること二三度なりき。紳士。さらば變化の甚しきを覺え給ふならん。人の噂には、四五年前に重き病に罹《かゝ》りてより、聲はたとつぶれぬといふ。その人の爲めにはいと笑止なる事ながら、聽衆の過去の美音を喝采せざるをば、奈何《いかん》ともすべからず。いざ、昔のよしみに拍手し給へ。われも應援すべしとて、先づ激しく掌《たなぞこ》を打ち鳴しつ。平土間《パルテエル》なる客二三人、何とかおもひけん、これに和したる
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