ラし。さればそを指《ゆびさ》し示して、世の人をして神の懷に歸り入らしめんこそ、詩人の務とはいふべけれ。さるを却りて世の人を驅りて、おそろしき呑噬《どんぜい》爭奪の境界に墮ちしめんとする如くなるは、好しとはおもはれず。そは兎まれ角まれ、おん身はいかにして即興の詩を歌ひ給ふか。われ。題を得るときは思想は招かずして至るものなり。姫。さなり。其思想は神の賜ふ所なること人皆知る。されどそを句とし章とし、それに美しき姿しらべを賦《ふ》し給ふは奈何《いかに》。われ。君は尼寺に居給ふとき、「プサルモス」の歌を聽き、又古の聖《ひじり》の上を綴りたる韻語を學び給ひしならん。さてある時端なく一の思想の浮び出づるに逢ひて、これと與《とも》に曾て聞ける歌、曾て聞ける韻語を憶《おも》ひ得給ひしことはあらずや。憾《うら》むらくは、おん身はかゝる機會を逸し給ひて、筆とりて其思想を寫さんことを試み給はざりしなり。おん身若しそを試み給ひしならば、思想の全き形の心頭に顯れたるものは凝りて散ぜず、句は句を生じ章は章を生じ、詩は無意識の間になりしならん。こは唯だ我一人の經驗ながら、詩人の製作といふものはかくあらんとおもふなり。
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