轤ナ、此|光景《ありさま》を眺め居たり。事果てゝ後顧みれば、かの媼は在らざりき。
我等は詞少く歸路をいそぎぬ。森の木葉《このは》のしげみは、闇を吐き出だす如くなれど、夕照《ゆふばえ》は湖水に映じて纔《わづか》にゆくてに迷はざらしむ。この時聞ゆる單調なる物音は粉碾車《こひきぐるま》の轢《きし》るなり。すべてのさま物凄く恐ろしげなり。アンジエリカ[#「アンジエリカ」に傍線]はゆく/\怪しき老女が上を物語りぬ。かの媼は藥草を識りて、能く人を殺し、能く人を惑はしむ。オレワアノ[#「オレワアノ」に二重傍線]といふ所に、テレザ[#「テレザ」に傍線]といふ少女ありき。ジユウゼツペ[#「ジユウゼツペ」に傍線]といふ若者が、山を越えて北の方へゆきたるを戀ひて、日にけに痩せ衰へけり。媼さらば其男を喚び返して得させむとてテレザ[#「テレザ」に傍線]が髮とジユウゼツペ[#「ジユウゼツペ」に傍線]が髮とを結び合せて、銅の器に入れ、藥草を雜《まじ》へて煮き。ジユウゼツペ[#「ジユウゼツペ」に傍線]は其日より、晝も夜も、テレザ[#「テレザ」に傍線]が上のみ案ぜられければ、何事をも打ち棄てゝ歸り來ぬとぞ。我は此物語
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