轤ヘ》れ或は濃き橄欖《オリワ》の林に遮られたる白堊《はくあ》の城砦《じやうさい》など、皆猶目前に在る心地ぞする、穹窿《きゆうりゆう》あり大理石柱ある竈女《ヘスチア》の祠《ほこら》の、今や聖母《マドンナ》の堂となりたる(マドンナ、サンタ、マリア)は、古《いにしへ》を好む人の心を留むべき遺蹟なり。一壁崩壞して、枯髏《ころ》殘骨の露呈せる處に、葡萄の覃《は》ひ來りて、半ばそを覆ひたるは、心ありてこの悲慘の景を見せじとするにやとさへ思はれたり。
我目前には猶突兀《とつこつ》たる山骨の立てるあり。物寂しく獨り聳えたる塔の尖《さき》に水鳥の群立《むらた》ち來らんを候《うかゞ》ひて網を張りたるあり。脚底の波打際を見おろせばサレルノ[#「サレルノ」に二重傍線]の市《まち》の人家|碁子《きし》の如く列《つらな》れり。而して會※[#二の字点、1−2−22]《たま/\》その街を過ぐる一行ありしがために、此一|寰區《くわんく》は特に明かなる印象を我心裡に留むることを得たり。角|極《きはめ》て長き二頭の白牛一車を輓《ひ》けり。車上には山賊四人を縛して載せたるが、その眼は猛獸の如く、炯々《けい/\》として人を射
前へ
次へ
全674ページ中431ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング