閧ネる紐一つ解きたり。夫人は、おん身にふさはしからざる情《なさけ》といふものあるべしや、おん身の才《ざえ》あり、おん身の貌《かほばせ》ありてとさゝやきて、徐《しづ》かに臂《ひぢ》を我肩に纏ひ、きと目と目を見合せて、無際限の意味ありげなる、名状すべからざる微笑を面に湛《たゝ》へ、猶其詞を繼いで云ふやう。いかなれば妾《わらは》は初め君を知る明なくして、空想に耽り實世《じつせ》に疎《うと》き、偏僻《へんぺき》なる人とは看做《みな》したりけん。おん身は機微を知り給へり。機微を知るものは必ず能く勝を制す。妾が血を焚《や》いて熱をなすものは何ぞ。妾を病ましむるものは何ぞ。妾は寤《さ》めて何をか思へる。妾は寐《いね》て何をか夢みたる。おん身の愛憐のみ。おん身の接吻のみ。アントニオ[#「アントニオ」に傍線]よ。妾が身を生けんも殺さんも、唯だおん身の命《めい》のまゝなり。夫人はひしと我身を抱けり。一道の猛火《みやうくわ》は夫人の朱唇より出でゝ、我血に、我心に、我|靈《たましひ》に燃えひろごりたり。彼時速し、此時遲し。はたと我頂を撃つものあり。嗚呼、功徳《くどく》無量なる聖母《マドンナ》よ。こはおん身の像
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