齦L竟何物ぞ。われあからさまに言ふべきか。是れ得んと欲して得ざるところあるなり。その得ざるところのものは、赤き唇なり、軟なる膚なり。汝が假面の被《かぶ》りざま拙《つたな》ければ、われは明白に看破せり。いざ往いてその得んと欲する所のものを得よ。汝否といはゞ、そは卑怯なり、臆病なり。われ。止めよ。そは餘りなる詞なり。そは我を辱《はづかし》むる詞なり。友。されど汝はその辱《はづかしめ》を甘んじ受けざること能はざるべし。これを聞きしとき、我血は上りて頭を衝《つ》きしが、我涙も亦湧きて目に溢れたり。いかなれば汝はかくまでに無情なる。我は汝を愛し汝は我を弄ぜんとす。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]と汝との間にわれ立てりと思へるにはあらずや。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]の我を視ること汝より厚しとおもへるにはあらずや。友。否、決して然らず。わが空想家ならずして思遣《おもひやり》少きは汝も知りたらん。されど女の事をば姑《しばらく》く置け。唯だ心得がたきは、汝がいつも愛々といふことなり。我等二人は手を握りて友となりたり。その外には何も無し。我は汝と共に夸張《くわちやう》すること能はず。
前へ
次へ
全674ページ中248ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング